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もう@数時間で日本戦!
なので、応援の意味を込めてもう一つ書いとこう。


サッカー界のスーパースターを語ってきたこのコーナーも第4弾。


いよいよ、この人の登場です。

空飛ぶオランダ人(フライング・ダッチマン)ヨハン・クライフ


ごめん、いよいよとか言われてもわかんないよねwww
クライフと、前紹介した3人を合わせた4人は、スーパースターの中でも別格の扱い。
で、この4人の中で、オレはダントツにこのクライフが好き。

何が好きって、そのプレイスタイル。
そして、クライフの作り出すサッカー。

熱くなりそうなんで、W杯の経歴を・・・



・ヨハン・クライフ(74)

1974 FIFAワールドカップ・ドイツ大会: 準優勝および大会最優秀選手賞(26)
代表出場回数48試合 (33得点)、うち33試合でキャプテンを務める


驚くことに彼は、たった一度しかW杯には出場していない。
次のアルゼンチン大会は、軍事政権に対するボイコットの意志で参加拒否。

こういう政治的なとこが関与するのが悲しいところでもある。

だがこの1度の大会で、世界中のサッカーファンに与えた衝撃は凄まじかった。


クライフの魅せたサッカー。
それがトータルフットボール
当時の監督が提唱したものだけど、それをクライフは完全なレベルで実現した。
この頃、サッカーは役割分担がきっちり決まっていた。
DFは守り、MFはFWにパスし、FWはシュートする。
基本的にDFもマンツーマン。

ベッケンバウアーのリベロも特殊だったけど、このトータルフットボールはチーム全体が枠に捕らわれない。
クライフを中心として、全員がフィールド内を自由自在に動く。
FWもディフェンスするし、DFも攻撃参加する。

チーム全体の布陣は非常にコンパクト。
全体が30m程度にまとまり、オフサイドトラップを多用。
ボールタッチはワンタッチプレイ。
ディフェンス時は、複数でプレスをかけ一気に攻撃に転じる。

早い話が、現代のサッカーだ。
今のサッカーを形作ったのがクライフ率いるトータルフットボールなのだ



クライフ自身は、非常に細身で華奢なイメージ。
けど、それを補う抜群のボディバランス、一気に加速する俊足、正確かつ華麗なボールコントロール、観客を魅了する数々の技、どれをとっても超一流。
更に特筆すべきが、ゲームの流れを読む洞察力、トータルフットボールを具現するための戦術理解。
およそ、現代のファンタジスタが必要とされる能力を全て兼ね備えていた。
その超一流の能力と強い精神力で、チームを指揮しフィールドを支配する。
ゲームメイク、アシスト、フィニッシュ全てをこなし、ポジショニングもFWから最後尾までどこにでも顔を出す。
まさにオールラウンドプレイヤー。

また、フットボールに対して、独特だがハッキリとした理念を持っていた。
・ワンタッチこそ最高の技術
・100m走るより、30mどれだけ速く走るかが重要。だが最も大事なのは『いつ』走るかだ
・守って勝つより攻めきって負けろ
これらの名言は、その一部を現していると言える。


クライフは数々の技を披露したけど、その中で最も有名なのは、やはり「クライフターン」だろう。
今では、フェイントの基本テクニックとしてサッカー少年達に教えられている。
あれカッコイイよねぇ
後ろからの執拗なマークにバックパス。
DFが呆ける間に軸足ターンして、一気に抜き去り、ボールを持つ。
クライフターンって位だから、勿論クライフが初めて。
当時の観客はホントに魅了されただろうね。


彼は、プレイヤー人生前半をアヤックスで過ごし、後半をFCバルセロナで過ごしている。
その間クラブチームに様々な栄冠をもたらした。
自身も、バロンドール(欧州年間最優秀選手賞)を71年、73年、74年と3度受賞している。
3度の受賞は、クライフ、フランスの将軍プラティニ、そしてクライフの愛弟子ファン・バステンの3人だけ。



んで、74年W杯西ドイツ大会

世界中がこのトータルフットボールに魅了される。
クライフ自身のゴールなんかは3得点で終わったけど、この斬新で革命的なプレイに衝撃を受けた。

空飛ぶオランダ人」の愛称はこの大会の対ブラジル戦でのプレイが元になっている。
中盤から、一気にトップスピードで駆け上がり、左から来た強いライナーセンタリングに合わせ、ジャンピングボレー
漫画のようなシュートですw
クライフには、「空飛ぶオランダ人」の他にも愛称がありました。

それは「スーパースター」。


そして前回書いた通り、この大会にはもう1人の天才がいた。
地元ドイツの皇帝ベッケンバウアー
この2人は決勝という舞台で対決することになります。
もうこの2人のスーパースターを考えるだけで、ぞくぞくと鳥肌たっちゃう。

74年の決勝、西ドイツ vs オランダ戦はサッカー史上に残る名勝負となった。

開始早々、トータルフットボールの本領発揮。
コンパクトな陣形の中で、素早いパス回し。
ドイツは全くボールに触れることが出来ず。
もうそれは、キャプ翼の「鳥かご作戦」www

散々焦らした後、ボールはクライフに。
そのまま最後尾まで下がるクライフ。
・・・と、突如得意のダッシュでいきなりトップスピード。
西ドイツの隙を付き、一気にペナルティエリアへ。
慌てたDFがファールで止める。

そう開始2分位で、オランダいきなりのPKです。
オランダきっちりこれを決めて先制。
ドイツ一度もボール触ってません・・・w
カワイソス(ノ∀`)

この後、ベッケンバウアーの指示により、西ドイツDFがクライフを徹底的にマーク。
動きが完全に封じ込められちゃいます。
これでトータルフットボールが崩れ、機能しなくなってしまう。
そして、前半25分には西ドイツがPKで1点を返す。
それでもオランダは果敢に攻めまくる。
西ドイツは守る。

一進一退の攻防が続いていたが、前半終了間際その均衡が崩れる。
西ドイツにはもう1人スターがいた。
ドイツ史上最高のストライカーと言われる「爆撃機ゲルト・ミュラー
ミュラーのW杯通算14得点は、現在でも歴代最多記録。
このミュラーが強引に決め、西ドイツがそのまま勝ち越した。


終わった後彼はこう残している。

「いくら技術に優れ、スーパースターでも・・・・その上には、勝者が、チャンピオンがいる・・・」



この後、クライフはアメリカに一時移籍する。
この頃、ベッケンバウアーも渡米してたから、北米リーグは夢のような状態だったんだろねぇ
っと、調べてみたら、ペレも北米リーグに参加してたみたい。
しかも引退最後の年は、ベッケンバウアーと同じチームだったみたいだ。
こんなチーム羨ましいいい。


引退後のクライフは古巣アヤックスの監督に。
独自のフットボール理念と強烈なカリスマ性でUEFAカップ優勝に導く。
クライフもやはり、ベッケンバウアーと同じく監督業でも成功した人物だった。
でも、どっちかっていうと野村監督みたいな感じかな?
育てる指導者。
この時の教え子には、ライカールト、ファンバステン、ベルカンプといった、後のオランダ代表を背負って立つメンバーがいる。
で、選手時代と同じく、今度はまたFCバルセロナの監督へ。
低迷しまくってたチームを大胆に再建。
リーグ4連覇や、チャンピオンズカップ制覇等成し遂げた。
この時クライフが作り上げたチームは、「エル・ドリームチーム」としてバルセロナ栄光の歴史となっている。



ベッケンバウアーの時も書いたけど、クライフに取ってもベッケンバウアーと同世代だったのが最大の不幸だろう。
彼がいなければ、恐らくW杯優勝は間違いなかった。
ただ、観る側からすれば、こんな興奮することはないと思う。
不世出の天才2人が激突。
こんなシーンを今後生で観てみたいね。




 #やっべwww熱くなって長すぎた(oノωノ)
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コメント
この記事へのコメント
今、イタリア×チェコの前半観おわったとこです。
(*´д`*)ハァハァハァアハァ

裏でやってるガーナ×アメリカも熱い!!!!!

やっべ 鼻血出そう 




( ̄(●●) ̄)



ヘリさんもサッカー狂だたのね(・∀・)ニヤ

今度サッカー茶室に招待するねー♪
2006/06/22(Thu) 23:49 | URL  | ぺっぷ [ 編集]
日本終わっちゃったねー
裸族な人もサッカー好きだったのね!
単なる変体だと思ってたけど、ちょっと見直したYO!!!
2006/06/23(Fri) 13:40 | URL  | へり [ 編集]
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