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というわけで、第一弾、第二弾と誰もが認めるサッカー史上に残る天才を紹介しました。


次は、サッカーのシステムを変えたというか、近代サッカーに変遷させた2人の天才にスポットライトを当ててみようと思います。


1人は、今回のW杯ドイツ大会の組織委員長でもある「皇帝」フランツ・ベッケンバウアー
もう1人は、「空飛ぶオランダ人」ヨハン・クライフ

まず、第3弾は「皇帝(カイザー)」ベッケンバウアーから。




・フランツ・ベッケンバウアー(66~74)

1966年FIFAワールドカップTM準優勝(21)
1970年FIFAワールドカップTM3位
1974年FIFAワールドカップTM優勝
代表出場回数103試合(14得点)、うち50試合キャプテン
<監督>
1986年FIFAワールドカップTM準優勝
1990年FIFAワールドカップTM優勝




輝かしい経歴の持ち主。

よく素晴らしい選手は、良い監督になれるとは限らないって言われるじゃない?
あれって、天才肌の人って教えたりするのが苦手とかいうのもあるんだろうけど、ぶっちゃけ、選手と監督は別物だから過去の成績とかなんて関係ねーよ。
ってことだと思うのよ。

けど、何事にも例外はある。
その最たる例が、このベッケンバウアー。
W杯制覇という世界の頂点にキャプテンと監督で君臨した唯一の男。


その成功の片鱗は選手時代から既にあった。
彼はピッチ上の監督だった。
DF後方からチームを組織し、完璧なまでの守備をこなした。
更にピッチ上どこにでも縦横無尽に動き回り、攻撃にも積極的に参加。
そう、イタリア語で「自由の人」という意味を持つポジション。
今の「リベロ」を作り出したのは彼だった。
リベロというポジションはベッケンバウアーのためにある。
それほどまでに完璧にこなした。

世界最高峰の守備、「センチメートルパス」とも呼ばれる正確無比なら60m級ロングパス。
強烈なリーダーシップでチームをまとめ上げ、鋼の精神力を持つ。
まさに皇帝。


クラブチームにおいても彼はチームを引っ張り、4度のリーグ優勝・4度のドイツカップ優勝、そしてチャンピオンズカップ3連覇という偉業を成し遂げている。
また、チャンピオンズカップではハットトリックまで決めている。
必要な栄光は、その手中に全て収めたといっても過言ではないだろう。


3度W杯に出場したが、その成績もまた凄い。
だって、2位、3位、1位だよw
凄すぎww


ベッケンバウアーっていうと、やっぱ74年の優勝したW杯が語られるけど、実は66年も名勝負が盛り沢山。

66年、初出場にもかかわらずボランチ気味なポジションで4得点を決めている。

得点シーンでいうと、準決勝対ソ連戦。

当時ソ連のGKは、「黒蜘蛛レフ・ヤシン
未だに史上最高と言われる伝説級のGK。
イタリアのディノ・ゾフも凄いけど、ヤシンの凄さは、史上唯一GKでバロンドール(欧州最優秀選手)に選ばれていることからもわかると思う。
また、W杯で最も活躍したGK(要はGK版MVP)に送られる賞は、このヤシンから取って「ヤシン賞」となっている。


って、また脱線w
とにかくそのとんでもキーパーから20m強のミドルシュートを決めてみせたのだ。
うーん素晴らしい。


また、守備の面では決勝、対地元イングランド戦。
敗れはしたものの、イングランドの英雄ボビーチャールトンを完全に封じ込めた。
この試合に勝ち、イングランドは地元優勝する。
このボビーチャールトン、後に騎士様になってるのよね。


と、初出場からいきなり大活躍したわけです。
しかしやっぱスーパースター同士の対決はいいねぇ


そして、スーパースター対決といったら、ベッケンバウアーを語る上で欠かせないのが、ヨハン・クライフ
ベッケンバウアーに唯一不幸があったとすれば、このオランダ人と同世代になってしまったことだろう。
それはお互い様だけど。
クライフに関しては、次回に持ち越すとして。

74年W杯はまさにこの2人の一騎打ち。
舞台は、W杯決勝戦。
まさに夢のようなシチュエーション。
ここで、ベッケンバウアーは、クライフ率いるトータルフットボールを抑えきり優勝を果たす。

この年、ベッケンバウアーは代表でW杯優勝、クラブチームでチャンピオンズカップ優勝。
と、まさに全てを制覇し、君臨した。
だが、この年のバロンドールはクライフだった。
嘆いた彼は、こう残している。

「これ以上僕が何をすればいいのか言ってくれ」



その後、アメリカへ渡ったため代表選手生命としては終わってしまったけど、代表100試合を越えた初めての選手だったと思う。

んで、監督としても大成功を収める。
90年のW杯ね。
オレが見始めたのはこの時期から。
この優勝シーンははっきり覚えてる。
アルゼンチンを破ったドイツ選手が集まり、歓声を上げ喜び抱き合う中、1人静かに佇む監督。
きっと勝利をじっくりと噛みしめてたんだろうなぁと今にしてみれば思う。



今では、古巣バイエルン・ミュンヘンの会長ドイツサッカー協会副会長として活躍しています。
また、2006年ドイツW杯誘致の立役者でもあり、今W杯の組織委員会会長でもあります。
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コメント
この記事へのコメント
覗きにきましたよっと・・・。
スター特集にJPNの柳沢はのらないんですk

「急にボールきたので」をのせてくだs
2006/06/22(Thu) 11:22 | URL  | いさ [ 編集]
柳沢ってパトカーの物真似する人ですよね?^-^
2006/06/22(Thu) 13:11 | URL  | へり [ 編集]
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