【スポンサー広告】  スポンサーサイト

--/--/-- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スーパースター第一弾は、"キング"ペレを紹介しました。
ペレはFIFAが選ぶ20世紀世界最優秀選手です。

そしてこの最優秀選手もう1人います。
それがマラドーナ

当初は、インターネット投票でマラドーナが決定されつつありました。
ブラジル人からの抗議なんかもあり、色々揉めた結果、FIFA関係者投票とインターネット投票という2つでの選出となったのです。
で、FIFA関係者投票からはペレ、インターネット投票からはマラドーナという2人の最優秀選手が生まれたのでした。



つーわけで、第2弾は「神の子マラドーナを紹介します。



・ディエゴ・マラドーナ(86~94)
1982年FIFAワールドカップ1次リーグ敗退(21)
1986年FIFAワールドカップ優勝
1990年FIFAワールドカップ準優勝
1994年FIFAワールドカップ1次リーグ敗退
代表出場回数91回、34ゴール
FIFAワールドカップ本大会に21試合出場
アルゼンチン歴代得点記録第2位

記録こそペレには適いませんが(最も誰も適わないけどw)、間違いなく最も記憶に残る選手の1人です。
94年にも出場しているため、リアルタイムで見た人も多いと思う。


薬物使用やその荒んだ性格により、世界中からかなりの反感を買っています。
にも関わらず、世界中のサッカーファンは投票でマラドーナを選んだ。
これが彼の実績を物語っていると思う。
恐らく、サッカー史上最もサッカーに愛された人物。


マラドーナの代表デビューは驚く程早い。
15歳でトップチーム公式戦初出場のわずか4ヶ月後代表デビュー。
ただ、78年のW杯は若すぎたため選ばれなかった。
次の82年は出場し、ゴールも上げ、それなりに活躍したもののそれなり。
最後には、相手選手に蹴り入れて、レッドカード。

そうそう、この時の対戦国は優勝候補ブラジル。
この時のブラジルは歴代でも最強と名高い「黄金のカルテット」を擁していた。
そう、御存知ジーコです。(他はソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾ)
この黄金のカルテットにきっちり抑え込まれ、マラドーナはイライラしてたんだろねw

ちなみにそこまでの選手を擁しながらブラジルは、イタリアに敗れる。
その原動力は、得点王にも輝いたパオロ・ロッシ
なんとこのブラジルをハットトリックでくだすという偉業を成し遂げ、イタリアに優勝をもたらした。
彼は、2年間の出場停止処分から復帰したばかりだったため、突如として出現したスーパースターとなった。
うー、こういうの堪らんよねw
スーパスター同士がぶつかり合う、W杯の醍醐味b



って、ちょっと話ずれてるなw
そういうわけで、最初のW杯はマラドーナに取って屈辱だったのかもしれない。



そして迎える86年。
この大会は、「マラドーナの大会」と呼ばれる。

予選本戦通して、様々なゴール&アシストを生んだ。
けど、準々決勝イングランド戦で魅せた2つのゴールが今日でも語り継がれる名ゴールとなる。
マラドーナと言えば、もうこの2つのゴールなしでは語れないw


まず1本目。
かの有名な「神の手」ゴール。


高いセンタリングに合わせ、ジャンプするマラドーナとGK。
どう考えてもちっこいマラドーナが競り勝つわけがないんだけど、どういうわけかボールはキーパーを越え、ゴールへ。
そのままこれが先制点となったのでした。

あとで、スローで見ると頭の上から手で押してるんだよねw
ハンドなんだけど、主審は見てなく、イングランドの猛抗議も実らず。
試合後、マラドーナ自身が「神の手によるゴールだ」と言ったことから、神の手ゴールと呼ばれちゃってる。



ところがこのわずか3分後、今の反則ゴールをも忘れさせる最高のゴールが誕生する。



2本目。
伝説の5人抜き」である。


これは今見ても、何度見ても背筋がざわっとして、鳥肌たちまくる。


センターサークルの側でマラドーナにボールが渡る。
おもむろにドリブルし、1人交わし、2人交わす。
アナウンサーの「マラドーナ」コールが聞こえる。
そこからトップスピードに乗ったマラドーナ。
3人目をフェイントで交わす。
ペナルティエリアに真っ直ぐ突進しながら4人目も交わす。
アナウンサーはほとんど絶叫状態。
そして最後にGKをも交わし、無人となったゴールへシュート。

この瞬間、敵味方関係なくスタジアムに大歓声がわき起こる。
伝説が生まれた瞬間だった。
60mの距離を文字通り1人で。
後にも先にもこれ以上のゴールは現れないだろうとも言われる伝説のゴール。


このインパクトは本当に伝説だった。



当時日本ってW杯に関しての関心は限りなく低かった。
オレも子供だったこともあるけど、その存在すら知らなかった。
でも、なぜかマラドーナの名前は広く知れ渡っていたし、なぜかマラドーナのペナントとか持ってた。





マラドーナの身体能力は特異だった。
スピード・テクニックはもちろん超一流。
FKに関してもその精度は神がかり的。
けど、その素晴らしさはドリブルで最も発揮されたと思う。
あの低い身長で、地を這うようなドリブル。
多少の妨害はモノともしないボディバランスに、足に吸い付くボール。
相手チームはボールに触れることも出来ず、体へ直接チャージしたりとファールしにいくしかなかった。

普通の選手であれば、持ちすぎと言われ叩かれるけど、マラドーナはそういうレベルを超越していた。
彼はセリエAのナポリにずっと所属し、ナポリっ子からも愛されていた。
代表戦だろうがクラブチームだろうが、彼がボールを持てばなんとかしてくれる予感がした。
そして実際なんとかしてしまう力があった。


異常なマラドーナのボールコントロールの正確さを表すのに、リフティングの映像をよく見る。
遊びなんだろうけど、テニスボールでリフティングしているのがあるんだよね。
遙か頭上に蹴り上げ、正確にコントロール。
あのちっこいボールが自由自在。

あれ見るたびに、空恐ろしくなり、笑うしかなかった。


あ、それと、マラドーナって異様に左足を使う。
というかむしろ左のみって感じ。
あの伝説の5人抜きまでもが、ボールタッチは全て左のみ!
ホント驚かされるよね。
マラドーナに対して、「右は使わないんですか?」とインタビューした記者がいる。
それに対する彼の答えは

「歩くときには右も使うよ^-^」




マラドーナのプレイは決して綺麗ではなかった。
ハングリー精神の塊である彼は、南米のずる賢さが身に染みていた。
超一流のテクニックを持つプレイヤーが、泥臭いサッカーをするのだ。
たまったもんじゃないw



90年は決勝で西ドイツのブッフバルトに抑え込まれ、惜しくも敗れるが準優勝。
堂々と結果を示す。
ナポリでイタリアと対戦するという悲劇はあったけど。
ちなみにブッフバルトは、来日してレッズで大活躍。
今ではレッズの監督なってる。


94年、もう無理だと思われていたけど、マラドーナはこの大会に出場した。
そして、往年のプレイを思い出させる素晴らしいゴールを決める。
だが、この後ドーピングに引っかかり、大会追放となった。
長い間、マラドーナ中心で作られたアルゼンチンチームは為す術もなかった。
ここから、アルゼンチンはマラドーナ離れしたチーム作りが始まることになる。


サッカーを離れれば、様々な問題を巻き起こし、反社会的な困った人物だ。
けど、サッカー選手としては、間違いなく天才だ。
誰よりもサッカーを愛し、サッカーから愛された男。
それが、ディエゴ・マラドーナ。







うっひゃーやっぱ、長くなった(ノ∀`)


そういや、マラドーナの弟Jにいたねw
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
いつもながら
ヘリタンの博学ぶりには、すごいなぁとwww

マラドーナって、そんなにすごい人だったんですねw
ミの中では、「変なオジサン」「ちょっと逝っちゃってる人」ってイメージが強くてwww
2006/06/21(Wed) 13:27 | URL  | みすてぃ [ 編集]
ただ好きなだけだようw

マラドーナってピッチを出れば、ぶっちゃけ危ない人だからねww
2006/06/21(Wed) 13:49 | URL  | へり [ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。